「君、アラビヤコーヒーを知ってるかい?」
「いえ、知りません」
「そうかい、あそこのコーヒーとアラビヤサンドはおいしいよー」
と、中村富十郎先輩から教わったのはもう二十年以上も前のことです。それからというもの大阪公演での朝食は毎日[アラビヤ珈琲店]ということになりました。ちょっと怖そうなお父さんが実はすごくいい人で、怖そうに見えたのはコーヒーへのこだわりの強さだと分かったり、長男の明朗さんが同い年で、僕と同じく野球好きでたちまち意気投合し、よく早朝野球をやったりしたのも、懐かしい思い出です。
今のミナミはすっかり落ち着きのない街になってしまいましたが、お父さんのようにこだわりとプライドを持った、ユニークな人たちがたくさんいる面白い街でありました。
二十一世紀を迎えた今年、アラビヤコーヒーは五十周年、私は十代目三津五郎襲名と、お互い節目の年になりました。お父さんが一代で築き上げ、手塩にかけ、愛情のすべてを賭けて守り抜いた店であることを誰よりも一番強く知っているのは明朗君です。そんなお父さんの意思を受け継ぎながら、今度は自分が当主としてこれからの店を切り盛りしていかなければいけないそのプレッシャーは、同じく当主になりたての私には痛いほど理解できます。不惑を越え、離婚を経験し、親を亡くし、何だか似たような人生を過ごしてきましたので、今では自分の分身のような、深い友情を抱いています。
これから彼が入れる一杯のコーヒーには、きっと今までにない深い味わいが増すことでしょう。そのコーヒーと共に、彼自身の人生も重ねて、末永くおつきあいしていきたいと思っています。
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